<アッシジは色々な魅力あり!>
フィレンツェから日帰りで行ける街は殆ど訪れた感があり
ますが、最後に残ったのがここ「アッシジ」。
トスカーナの隣のウンブリア州で、ペルージャに次ぐ大き
な街です。
ここは日本でいえば伊勢や高野山の様に神社、寺院を中
心とした「宗教都市」です。
心とした「宗教都市」です。
各駅停車で約2時間40分。ゆっくりと田園風景を見ながら
やってきました。旧市街は小高い丘の上にあり、駅からバス
でジグザグと坂道をあがり、このヌォーヴァ門から入りま
す。
やってきました。旧市街は小高い丘の上にあり、駅からバス
でジグザグと坂道をあがり、このヌォーヴァ門から入りま
す。
中心部までの道沿いは、土産物から日用雑
貨まで売っているテント張りの店が並んでいま
す。
アッシジは丘の上に街があり、眺めの良さは
先日訪れた美しき丘の上の街・ウルビーノに引
けを取りません。
もう一つのアッシジの魅力は、古いたたずま
いの住宅街です。
裏通りを歩いていると、「中世の街」と言われ
る隣りのペルージャを連想しました。
さらにもう一つ、絶壁の上にある城塞跡。
こちらは矢張り城塞からの眺めが素晴らしい
サン・マリノ共和国とそっくりです。
城塞の中に写真コーナーがあり、5月初めに
行われる春祭り、「カレンディ・マッジョ」の写真
がたくさんありました。
行われる春祭り、「カレンディ・マッジョ」の写真
がたくさんありました。
中世の頃の衣装を着た市民の行進です。
こちらは「ミス・アッシジ」でしょうか?
中世の衣装が良く似合っていますね。
楽器もヴァイオリンやタンヴァリンのほか、ギ
リシャでも見かけた、先がくびれて、胴体はマン
ドリンのような楽器が映っています。
リシャでも見かけた、先がくびれて、胴体はマン
ドリンのような楽器が映っています。
こちらは、いわば城の「本丸」から出先の「塔」
までの通路です。
人が一人やっと歩けるぐらいの大きさの通路
が中に隠れています。
ここからはウンブリア州の山々が一望できま
す。遠くの山の上にはまだ雪が残っていまし
た。
す。遠くの山の上にはまだ雪が残っていまし
た。
街中に戻って初めに訪れたのが、街の中心のコムーネ広
場にあるミネルヴァ神殿。
ここはローマ時代に建てられた建物で、現在はキリスト教
会になっていました。
会になっていました。
アッシジはもう一つのお楽しみ、ドルチェの味も
中々の物でした。
中心街の店先のお菓子。焼き菓子系がとても
美味しそうで、2種類買い求めてしまいました。
値段はそれなりにしたのですが、ナッツ類やド
ライフルーツが一杯詰まって重く、とてもオトク
で美味しいと感じました。
ライフルーツが一杯詰まって重く、とてもオトク
で美味しいと感じました。
さて、こちらがアッシジのメインの「サン・フラン
チェスコ教会」です。普通は「ドゥーモ」と呼ばれ
るのがその町の一番大きな教会なのですが、
アッシジは、この町が生んだ聖人・フランチェス
コを偲ぶこの教会が一番です。なので、入り口
には常時警備兵が常駐しています。
コを偲ぶこの教会が一番です。なので、入り口
には常時警備兵が常駐しています。
教会の1階は、いわばジョットによる「フランチ
ェスコの生涯」を描いた絵画館です。
この絵は有名な「ハトに教えを諭すフランチェ
スコ」です。
中世の聖人・フランチェスコは、アッシジの裕
福な家に生まれた放蕩息子だったそうで、キリ
ストお告げで、一転して贅沢を避ける清貧な生
活を送ったそうです。
福な家に生まれた放蕩息子だったそうで、キリ
ストお告げで、一転して贅沢を避ける清貧な生
活を送ったそうです。
日本にも彼の教えの影響を受けた僧侶たち
が布教にやってきています。(戦国時代にやっ
てきたフランチェスコ会です)
が布教にやってきています。(戦国時代にやっ
てきたフランチェスコ会です)
この教会は地下も大変広く、壁のフレスコ画、
全体のデザイン、中東的な雰囲気の柱など、見
応えがありました。
全体のデザイン、中東的な雰囲気の柱など、見
応えがありました。
教会は、丘の上にある旧市街の外れにあり、
地下階から出ると、大きな広場になっていて、
イスラム的なデザインの廊下が広場の周囲を
囲っています。
地下階から出ると、大きな広場になっていて、
イスラム的なデザインの廊下が広場の周囲を
囲っています。
こちらは旧市街地の住宅街で見つけた家の
前の飾り。恐らくこの家の仕事や役割を表して
いるものだと思います。
アッシジは宗教都市。その代表的なドゥーモ
がこちらです。
サン・フランチェスコ教会よりは小さいものの、
中々味のある教会でした。
中々味のある教会でした。
この教会は訪れる人も少なく、じっくりとファランチェスコの
生涯や果たした仕事に思いをはせることが出来ます。
さらに、もう一つの重要な教会が「サンタ・キアーラ教会」
です。
です。
清貧なフランチェスコにならって、街の人々のために尽くし
た聖女サンタキアーラを偲ぶために作られた教会です。
た聖女サンタキアーラを偲ぶために作られた教会です。
それだけ、彼女がアッシジの人に慕われていた証だと思
います。
います。
キリストに加えて、マリアが慕われているよう
に。人間はいつも「母性」を求めるのかもしれま
せんね・・・・・・
に。人間はいつも「母性」を求めるのかもしれま
せんね・・・・・・
ということで、アッシジは「眺めが良い」「街を
見渡す城壁がある」「古い重要な教会がある」
「市街地が中世風の面影がある」など、訪れる
街として、すべての条件を備えた街だと思いま
した。
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