2015年11月29日日曜日

ハプスブルグ家の街「ウィーン」はやはり美しかった! その2

*私たちがウィーンを旅して帰ろうかというあたりでパリのテロ事件が発生しました。オーストリア  のテレビは普段から、余りニュース番組を放送していないので、結局知ったのはスマホのニュースアプリからでした。
 詳細を知ったのはイタリアに戻ってからで、テレビの映像を見て衝撃を受けました。
 事件の後、イタリアのテレビはイタリア人女性も一人死亡したこと、すぐ隣りの国で起きたこと、多くの観光地を抱えていることから、連日パリ支局などと結んで特集を組んで放送しています。
 フィレンツェのドゥーモ周辺でも、自動小銃で武装した兵士たちが、引き金に指をかけた状態で警戒にあたっています。ユダヤ教のモスク周辺も同様です。
 人間の愚かさ、争いを避けられない性質とか、テロリストたちが何故あのような行動に走るか?様々なことを考えさせられる日々です。 (2015.11.25)

 < ウィーンの寺院&王宮を訪ねたら?>

 私たちがウィーンを訪れたのは今回が初めてでした。
 
 ヨーロッパを代表する王室ハプスブルグ家が20世紀初頭まで君臨していたウィーンの街が、現在

どんな様子なのか? 一度は訪ねてみたいと思っていました。


 ここは音楽の都を象徴する「楽友協会」。音楽

の振興を目的に設立された法人の経営するホ

ールで、ウィーンフィルの事務所も置かれてい

ます。

 中には大小二つのホールがあり、大ホールは

「黄金ホール」と呼ばれ、年越しのコンサートが

世界中に中継されています。中の見学は出来

ましたが、撮影は禁止でした。


 音の反響に配慮して、客席の椅子や壁などは

木製で、すわり心地は今一つですが、天井や内

装は豪華で、まさに「黄金」でした。


 こちらはその近くの国立オペラ座です。まさに

音楽の殿堂です。こちらは見学は無し。いつか

ここで世界的なオペラを楽しみたいと思います。



  こちらはウィーンのシンボル、「シュテファン

寺院」です。リンクの真ん中にあり、二つの塔が

そびえたっています。

 初めは12世紀にロマネスク様式で。その後

 今のように14-16世紀にゴシック様式に改

築されたそうです。
 
 右の高い南塔は343段あり、登ってみまし

た。

 今まで登った中では、フィレンツェのドゥーモと

ピサの斜塔が約200段チョットでしたので、30

0段は最もきついかも?

 塔を必死で登り終えると、ご褒美に?教会の

屋根の上の、タイルで描かれたウィーン市の紋

章などのモザイク模様が楽しめます。





 このシュテファン寺院では時折、コンサートな

どが行われたり、ご覧のような室内のライトアッ

プも行われています。

 寺院の周りのウィーンの街も少しずつクリスマ

スの飾りつけが始まっていました。








 こちらは夕食のため、トラムで約30分で訪れ

た、ウィーン市郊外のグリンツィング地区。

 「ホイリゲ」という農家酒場が、秋の新酒ワイ

ンを飲ませてくれます。

 このあたりは幾つもの大きな酒場があり、料

理とともに、出来立てワインが楽しめます。





 チキンやタコさんソーセージなどの盛り合わせ

を食べながら、白ワインの新酒を飲んだら、安

い割にスッキリした味わいで、カラフェはすぐに

空いてしまい、赤ワインをお代わりしましたが、

味は白ワインの方がずっと上でした。

 やはりドイツ・オーストリア系は白の方が良い

のかも?





 翌朝は泊まったホテルの近くの、カフェの名店

「エリーゼ」で朝食です。

 ウィーンのリンク沿いはトラムが走って便利で

す。ここは国会議事堂前。エリーゼから歩いて

1,2分です。






 このエリーゼは、語学学校で一緒だったオース

トリア人でウィーンにお住いの中年女性が推奨

してくれたカフェの名店です。

 ベテランのボーイ?たちの接客も心地よく、朝

からゆったりとした気分での朝食です。
 





 私はオーソドックスなクロワッサンの朝食で、

カフェ(カプチーノに近い)とジュース、それにバ

ターとジャム(乗馬学校の絵柄の小瓶)付きで、

7,8ユーロ位でした。

 (支払いはボーイさんに直接します。皆小銭が

入った小さなバッグを腰に付けています)



 カミさんはウィーン名物の「ザッハー・トルテ

(チョコレート・ケーキ)」と紅茶のセット。

 2段のケーキの間にアプリコットのジャムが入

り、意外とさっぱりとした味わいで、カミさんの感

想としては「期待以上においしかった!」とのこ

と。




 私たちのウィーンでの「トルテ」との戦いは毎朝だったので、「その3」でも続きます。



 こちらは王宮前の広場です。
 
 エリーゼでの朝食を終えて来たら、丁度、衛

兵と音楽隊の行進が行われていました。

 皆若くて細身で格好よく、女性客がこぞってカ

メラを向けていました。







 王宮を訪れる前に、隣接のスペイン乗馬学校の朝の調教

の様子も見学しましたが、撮影は禁止でした。

 ここは16世紀後半に創設された世界最古の乗馬学校

で、開校の初めにスペイン種の馬が導入されたことから名

づけられたとか。時折馬たちの公演もあるそうですが、この

朝は約2時間の見学のみでした。

  ここは王宮の入り口です。ここはハプスブルグ家が13世

紀後半から1918年まで、600年以上住居として使い、2千

5百以上の部屋があります。



 中に入ると、19世紀のフランツ・ヨーゼフ1世

とか、皇妃エリザーベトの豪華な部屋などが続

きます。

 エリザーベトは愛称が「シシィ」と言い、プロポ

ーションを保つための運動器具なども見られま

した。






 エリザベートの衣装も一応展示されています

が、保存のため、これらはレプリカだそうです。












 王宮内には「皇帝の部屋」「シシィ博物館」「銀

器コレクション」などのコーナーがあります。

 特に食事に使った皿やナイフ、フォークなどの

食器類は金銀で装飾されて豪華そのものでし

た。

 特に銀器類は、「いざ戦争」という時には銀貨

にされ、軍事費用に充てられたそうです。




 それにしてもハプスブルグ家は多くの戦乱を乗り越えて、良く600年も栄華が続いたものだと感

心します。(今からわずか100年前、オーストリアはまだ皇帝の時代でした)

 まだまだ紹介したいところがありますので、続きは その3 でどうぞ。

























































































































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