2016年4月19日火曜日

フィレンツェの隣町 ぷらっとプラート散歩

*この投稿を書いた後に、熊本の地震発生のニュースがインターネットなどを通じて入ってきました。熊本には、娘婿の実家があり、また長年交友のある友人一家もいます。
 
 何かできないか?という思いはありますが、現状ではボランティアもままならない状況ですね。
 5年前の東日本大震災の時もそうですが、結局自分のできる範囲で、自分が出来る最善の事をするしかない気がします。

 私は東北勤務が長く人脈も多少あったので、それらの人を通じて、復興に尽くしている人を探し出してインタビュー番組を幾つか制作・放送しました。
 そのお話しいただいた人や、その知人たちが放送を聞いて喜んでくれたことが心に残っていますし、私としても是非続けていかねばと思っています。

 今回の熊本の地震についても同様で、それぞれの人が、自分に出来る最良のことを探し出していけば良いのではと、それが1億集まれば、などと勝手に思っています。

 そんな中ですが、お気楽な写真と原稿で心を癒していただければ幸いです。


 <織物の街、今は・・・・>


 先日、 テレビのローカルニュースの中でプラ

ートの織物博物館を紹介していたのを偶然見

かけて、”ぷらっと”訪ねることにしました。

 プラートはフィレンツェから各駅停車で3つ目

の駅。人口約18万の結構大きな街です。

 駅から旧市街に向かう途中に川があり、釣り

人たちが胴着を着て釣りを楽しんでいました。





 旧市街に入る手前には、高い城壁や、砦の跡

が、しっかりと残されていました。

 










 小さな町なので、少し歩いたら、逆にそこは新

市街への出口でした。(笑)










 こちらがドゥーモ。2,3か月前に法王が国内

行脚したときに立ち寄り、皆に説法したのがここ

のバルコニーです。

 このドゥーモ前がフィレンツェよりも広いスペー

スがあるので、ここを選んだのでしょう。








 この鐘楼も、ドゥーモもなかなかの建築物です。

 ロマネスク様式だそうです。



















 ドゥーモの周辺には多くの伝統的な建築物が

残されています。

 ここはインペラトーレ城。

 特に観光用の施設整備はしておらず、中が見

られないのが残念でした。余り観光には力を入

れる気が無いようです。





 このあたりには他にも、サンタ・マリア・デッレ・

カルチェリ聖堂や、赤レンガのパラッツォ・プレト

ーリオなどもあり、ちょっとした歴史地区になっ

ています。











 中心部から少し外れたところに織物博物館は

有りました。

 ここはその中庭です。











 中に入ると、富岡製糸場を思わせる、日本の

明治時代辺りの大きな機械があり、織物で作ら

れた椅子などもありました。












 これらはその一部で、古いミシンに至るまでの

多くの繊維関係の機械が時代を追って展示さ

れています。













 多くの織物・衣服も展示されています。

 中でも目を引くのは、プラートに赴任した司教

たちの豪華な法衣です。












 この周辺の貴族の衣服、ウェディング・ドレス

なども時代を追って置かれています。














 こちらは色んな織りのサンプル・ブック。

 配色も現代に通じるなかなかのものです。













  面白かったのは少し前のコート類の試着コーナー。

  右の方は影のように作られたボードです。

  左の赤いドアの向こうに幾つかのコートがあり、自由に

 試着できます。

 でも実際着てみると、見た目よりもずっと重く、現代の衣料

品が、いかに「軽く、暖かく」改良されているかが分かりま

す。









 フィレンツェから列車で10分の街、プラート

は、それなりに歴史ある街でした。

 この街の繊維業を支えるため、南イタリアか

ら、次いで外国(ヨーロッパ)から、そして1980

年代後半からは中国人がやってきて、現在そ

の数は1万~2万人と言われ、ミニ中華街もあ

るそうです。



 私たちも街を歩いていると中国人と間違えられ、不審がられました。中国人たちは彼ら同士でま

とまって住んでいて、余り地元の人々と交流してないようなのです。

 なので私たちがバールやカフェに入ると、一瞬ぎょっとされました。(何故中国人がこの店に来た

んだ?という感じ)

 店の人に聞いたら、「中国人はいるが、あっちの新市街の方に住んでいて旧市街には来ない。

日本人観光客もプラートには殆ど来ない。」とのこと。

 まして片言のイタリア語を話す日本人は珍しかったようで、「何故イタリア語を話すのか?どこに

住んでいるのか?」など、色々と質問されてしまいました・・・・・

 プラートは、世界の移民問題とか、中国人の進出とか、様々なことを考えさせられる街でもありま

した。
























































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